沖田貴史 SBI大学院大学教授

【 現職 】
SBI Ripple Asia株式会社代表取締役 /一般社団法人FinTech協会 アドバイザリーボードメンバー

【 略歴 】
一橋大学商学部経営学科在学中に、米国CyberCash社の日本法人であるサイバーキャッシュ株式会社(現ベリトランス株式会社)の立ち上げに参加。 米国CyberCashの破綻などを乗り越え、2004年10月に大証ヘラクレスへ上場。 2012年に香港にecontext ASIA社を設立し、翌2013年に香港証券取引所に上場。中国銀聯との提携など、日本のみならず、中国・アジアでの決済サービス・ECインフラサービスの普及に尽力。
2015年10月に、10年間務めたベリトランス 代表取締役を退任し、2016年5月よりSBI Ripple Asia代表取締役。 主な公職に金融審議会 専門委員など。日経ビジネスが選ぶ2014年の100人に選出

【担当科目】
ネット経済・経営学
FinTechイノベーション概論
沖田貴史先生

FinTechブログ

フィンテックで進むか、 本人確認(KYC)のイノベーション

FinTechイノベーション
KYC(know your customer)という言葉は、金融機関関係者の間では頻繁に耳にする言葉だが、一般には馴染みが少ないかもしれない。

一般に、KYCというと、犯罪収益の移転(いわゆるマネーロンダリング)などを防止するために、口座開設時などに本人確認を行うことを指す。

具体的には、免許証やパスポート、登記簿謄本などと照らし合わせることで、実在する個人・法人であることを確認するとともに、その口座の必要性や使途などを確認・審査するプロセスを経る。

近年、国際的なテロ資金対策や振り込め詐欺(いわゆる「オレオレ詐欺」)対策などの観点もあり、KYCの厳格化が進んだ結果、新規口座開設にかかる手間が、利用者も金融機関もともに増え、結果として口座開設が以前ほど容易でなくなっている。

また、新規口座の開設が厳しくなると、既存の口座を不正に売買する事案も増えている。AIやビッグデータなどを活用し、不正売買・不正利用対策を行っている金融機関もいるが、不正対策の実効性を増すには、口座開設時だけでなく、継続的な確認(居住地や口座利用目的、生存確認)が求められ、金融機関としての負担も小さくない。

また、善良な利用者にとっても、KYCに関する書類の準備は手間に感じる。また、近年主流となっているインターネット等の非対面形式での申し込みの場合は、確認プロセスに時間が掛かることも多く、書類の不備などが重なると、口座開設に1週間以上掛かることも稀ではない。

銀行口座や、クレジットカードなど、生活に必須な金融サービスであれば、多少の手間や期間が掛かっても、ユーザー側も辛抱ができるが、金融機関の乗り換え時や、証券口座・仮想通貨交換所の口座となると、タイムリーに口座が開設できないと、取引をしようという気持ちも薄らいでしまう。

そのようなユーザーの動きを嫌がった一部の仮想通貨交換業登録業者では、KYCプロセスを完了する前に、取引を受け付けてしまい、結果として、犯罪者の収益移転に利用されてしまったという。当然ながら、他の登録業者とともに、業務改善命令に繋がったが、金融庁の指摘は、企業風土やガバナンス体制にまで及び、これまでに処分がくだった「みなし業者」と比較しても、決して軽いものではなかった。

これは、2017年に改正施行された資金決済法の改正理由の1つが、マネーロンダリングの防止であったことも主要因の1つであると考えられる。

一方で、規制当局も、負担軽減とKYC実効性の拡大に努めている。警察庁では、金融庁と連携する形で、オンラインでのKYCを完結できるよう犯罪収益移転防止法施行規則を改正する方針を決め、7月2日からパブリックコメントを募集し、一部金融機関も改正後、速やかに対応するリリースを発表している。

KYCは、目立たない部分だが、テロ組織や経済犯罪の活動防止には不可欠である。地味な分野においても、イノベーションを起こすことで、利用者の利便性とコンプライアンスの両立を期待したい。

(月刊BOSS 9月号より)