野間先生金融ブログ

世界的な株価変調が示す「適温(ゴルディロックス)経済」の終焉

世界経済・株価
  米国では、FRB(連邦準備理事会)議長がイエレン氏からパウエル氏に交代したばかりである。ところが、パウエル新議長が4年の任期をスタートさせた初日(2月5日・月)に、米国の株価は前週末(2月2日・金)比1,175ドル安と、史上最大(金額ベース)の大暴落となってしまった。その主因として、前週末に発表された米国の賃金上昇率が予想を超え、インフレ防止に向けてFRBが利上げを加速するとの思惑が長期金利を押し上げたこと、そしてそれにプログラミング売買による機械的な売りが重なったことによる、と指摘されている。
  米国での突然の株安は日本を始めとする各国にも波及、その後も株価は乱高下を繰り返す日々が続いており、世界的な株価変調が起きているのがこの2週間ほどの状況である。低金利のぬるま湯で膨れ上がった無機質のマネーが、先進国の中銀の「出口戦略」を前にして、思わぬリスクを露呈したようにも見える。つい最近までは、日米ともに緩やかな景気拡大局面(注1)が続いて失業率は低下、企業業績の好調ぶりなど、「世界同時好況」の様相を呈する状況であったのに、である。このように、唐突に始まったかに見える世界的な株価変調と「ボラティリティ」の高まりであるが、どう理解すれば良いのか。筆者は、「景気」、「インフレ」、「金利」の3者を合成した上での、「高景気・高インフレ・高金利」VS「中景気・中インフレ・中金利」VS「低景気・低インフレ(デフレ)・低金利」の対比が理解の早道なのではないか、と思うのである。
  それでは、「景気」、「インフレ」、「金利」の3者は元々、どのような関係に立つのか。先ずは、インフレと金利の関係であるが、「高インフレなら高金利」、「低インフレなら低金利」である。つまり、インフレ率と金利はほぼ連動する。ではなぜ、「高インフレなのに低金利」、又は「低インフレなのに高金利」の組み合わせが成立しないのか。以下は、その説明方法の一例である。 ――― 高インフレの時代(高度成長期)には、早く「モノ」を買わないと、大損する。そこで人々は「モノ」買いに走るために、「お金」の借り入れに殺到する。こうして「お金」への需要が急騰するので、金利も急騰する(仮に金利が低いままだと、人々は無限に借金して「モノ」買いに殺到し、高インフレが酷くなる一方である)。その一方で、低インフレやデフレの時代(低成長期)には、あわてて「モノ」を買う必要は極めて乏しい。そこで人々が「モノ」を買うための「お金」の需要も減少する。こうして「お金」の需要が減るので、ゼロ近くにまで金利が下がることとなる(仮に金利が髙いままだと、お金を借りてでも「モノ」を買う人が皆無となり、デフレが酷くなる一方である)。 ―――  こうして、インフレ率と金利はほぼ連動するが、両者は無論、完全に一致して上下するわけではなく、例えば、物価が上昇している割にはさほど金利は高くない、という時期があり得る。そこで登場するのが、「実質金利(名目金利-インフレ率)」であり、今は金利が本当は高いのか低いのかを判断するには、この実質金利で見るべきだと言えよう。 
  次が、「景気」と「インフレ・金利」の関係である。「景気」の良し悪しを示す指標の代表が成長率、失業率、株価、企業業績であり、好景気(高い成長率、低失業率、株高等)の時にはインフレ率が高く、低景気(不況)の時にはインフレ率も低いことを、私たちは経験則からもよく知っている。この景気と物価の関係が「フィリップ曲線」(注2)で説明される「トレードオフ」の関係であるが、上記の実質金利と同様に、今は景気が本当は良いのか否か(成長率が本当に高いのか否か)を知るには、「実質成長率(名目成長率-インフレ率)」で見るべきものである。
  このようにして、「景気」も「インフレ・金利」とほぼ連動するのだが、歴史的に見て、そうでない時期もあった。その典型例が1970年代末の「スタグフレーション」の時代である。スタグフレーションとは、stagnation(景気低迷)とインフレーション(物価高)の合成語であり、景気は悪いのになぜか物価は高いという、フィリップ曲線が示すトレードオフの関係が成立しない、非常に奇妙で困難な時期であった。このスタグフレーションを契機として、それまでのケインズ派的な経済運営(積極的な財政金融政策と「大きな政府」)への反省が生じ、1920年代末に始まった大恐慌の前までの古典派的な経済運営(「小さな政府」)への復帰が起きたことは、歴史が示すとおりである。
  それでは、「世界同時好況」とまで言われた本年1月までの状況はどうか。それは、2008年秋に起きた米国発リーマン・ショックによる金融危機を契機とした「世界同時不況」に起因する。世界同時不況に対処して、各国政府はケインズ的な経済運営に復帰して大型の財政出動をするとともに、先進各国の中銀は超緩和的な金融政策に乗り出した。各国中銀が共通して目指したのが、「2%のインフレ目標」の達成であり、超低金利政策(政策金利がゼロ)のみならず、量的緩和をも実施してきた。この結果、世界中の金融・証券市場には大量のマネーが放出されたのである。このようにして、特に米国の場合、株価が上がり続けるとともに、景気は2009年7月以来の拡大局面を続けてきた。また日本でも、景気が拡大しているとの実感は非常に薄いが、今は戦後で2番目の長さの景気回復局面にある。
  ところが、景気はリーマン・ショックを過去形で語れるほどに回復しても、各国とも2%のインフレ目標は全く達せられないままで推移してきた。上記の通り、「中景気」には「中インフレ(中金利)」が伴うのが通例であるはずなのに、である。景気は回復し雇用情勢も改善しているのにインフレ率はなお停滞している状況を、FRBのイエレン前議長は「ミステリー」と表現した。メディアが挙げているその理由は、グローバル化やIT化、さらには新興国からの移民の受け入れなどであるが、いずれにせよインフレ目標(2%)がなかなか達成できない各国中銀は、リーマン・ショック後の不況に対処するための非常時の措置であるはずの超低金利政策や量的緩和策からの脱却、すなわち「出口戦略」を採れないままできた。それでも、この面で先行したのが米国のFRBであり、2015年12月には政策金利の引き上げを開始、さらに2017年10月からは量的緩和の縮小まで開始し始めた。またECB(欧州中央銀行)も2017年4月から量的緩和の縮小を始めている。その一方で、わが国の日銀は、いまだに出口戦略を議論できる段階にさえ達していない。
  こうして、景気回復と株価上昇、失業率低下の一方で、インフレ率は各国中銀の思惑どおりには上がらず、そこで金利も低く据え置かれたままであった。この近年の状況は、上記の1970年代末のスタグフレーションとは正反対に、景気は良いのにインフレ率は低いので、筆者は「逆スタグフレーション」と言えると思うのだが、メディアでは「適温経済(相場)」の表現が登場した。元の英語は”Goldilocks Economy”である。”Goldilocks(ゴルディロックス)”と聞いても日本人には意味不明だが、英国人にはお馴染みの童話「3匹の熊」に登場する主人公(少女)の名前である。少女が熊さんの家に迷い込んでテーブルの上に用意されていた「熱くもなく冷たくもない」スープを盗み飲みするというお話しで、筆者も娘達が幼かった頃、何回も読み聞かせをしたものである。このスープの湯加減の良さが転じて「適温経済(相場)」、となった。つまり、インフレ率が高まらないので政策金利を低いまま据え置いてきた各国の金融政策が、株式市場にとっては「熱くもなく冷たくもない」環境をもたらしていたのである。言い換えると、ほどほどの湯加減の市場環境により株式市場は「大いなる安定」を享受していた。そして、この適温相場は、各国中銀が量的緩和により大量のマネーを供給し続けた非常事態の上で成り立つものでもあった。
  2月5日に米国を起点として始まった世界的な株価の変調は、正にこの「ゴルディロックス経済(相場)」の終焉を示すものである。そしてそれは、「中成長なのに低インフレ・低金利」という異常と言うべき状況が、「中成長・中インフレ・中金利」の正常な状況に戻る過程で起きた一時的ショックと言えるかもしれない。本年に入ってからの日経記事を振り返って見ると、「忍び寄るインフレの足音」、「米国長期金利の上昇」、「金利、世界で上昇圧力」、「先進国の需要不足の解消」、「トランプ大統領による税制改革」、「原油高」など、低インフレと低金利からの脱却を示唆するものが非常に増えてきた、というのが筆者の強い印象である。
  最大の関心事項は、今後の世界的な株価の動向である。これに関しては、悲観論と楽観論が交錯しているが、後者の方に分があるように見える。なぜなら、景気が拡大すれば金利が上昇するのは自然な流れだからだ。景気拡大と低金利が併存する適温相場が終わっても、景気拡大とともに金利も上昇する本来の姿に市場が慣れてしまえば、インフレに強い金融商品である株式に資金が戻って、株式市場は足もとと比べてより安定した姿を取り戻すかもしれない。さらに、株価の動向にとって最重要要因であるファンダメンタルズ(実体経済の基礎的条件)であるが、10年前のリーマン・ショック後の世界同時不況期には、実体経済は著しく悪化した。その一方で、今の世界経済の現状と見通しは決して悪くはない。例えば、IMF(国際通貨基金)が1月22日に発表した直近のWEO(注3)によると、2018年と2019年に関する世界全体の実質成長率を、両年とも3.9%と予測しているが、これは16年と17年の実績値(3.2%と3.7%)を上回る成長率である。しかも、昨年10月時点のWEOと比べると、18年と19年両年とも0.2%の上方修正であり、特に米国に関しては、この両年に関し各々、0.4%と0.6%もの上方修正をしている点が目立つ。WEOが予測するこうしたファンダメンタルズの良好さも、世界的な株価動向への下支え要因として働いて行くに違いない。
  そうした中でも、一番予測が難しいのはわが国かもしれない。わが国は少子高齢化や巨額の財政赤字という超難題を抱える中でデフレからの脱却にも一番、苦労しており、足もとでは「円高」の懸念が再び高まっている。上記の通り、FRB等と比べ周回遅れの状況にある日銀は、黒田総裁の下で長期国債の大量買い入れを継続し、長期金利をゼロ%近辺に抑え込んできたが、それも限界に近づいている。4月上旬に2期目に入る黒田総裁の下での日銀には、どのような政策余力が残されているのか、また、どの時点で量的緩和の縮小、さらには政策金利の引上げにも踏み切ることができるのか。仮にこれらの出口戦略が発表された場合、日本の株式市場や為替市場はどう反応し、景気にはどのような影響が及ぶのか。決して目が離せない状況が続きそうである。
野間修

【略歴】 
神戸大学法学部卒業。財務省(旧・大蔵省)に入省し、主に国際金融局にて、税・財政、金融検査官、米国経済、国際通貨基金(IMF)や国際収支、ODAなど、幅広い分野の実務に従事。シンガポール国立大学にて2年間の客員研究員も。財務省退職後は宮崎公立大学地域研究センター主任研究員に就任し、地域経済の研究に従事。地元ラジオ経済番組への定期出演や市民向けの金融セミナーの講師役も。
2017年3月、惜しまれながらSBI大学院大学を退官。大学創立メンバーの一人で、在任時は「国際金融論」「金融概論」を担当し、最新の講義データと優しい物腰で多くのファンを持つ。
大学1年の時、武道館コンサートに行き、リバプールに三回訪問するなど、長年のビートルズマニア。
野間先生