野間先生金融ブログ

アベノミクスの追い風となる「GDP(受給)ギャップ」解消のニュース

財政
  経済関連のニュースを見ると、この数カ月では景気の好転を示すものが増えた、との強い印象を受ける。株価は22年ぶりの高値に、失業率は22年ぶりの低水準に、有効求人倍率は43年ぶりの高水準に、現在の景気回復局面は戦後で第2位の長さに、などである。ただ、肝心の賃金や物価は伸び悩んでおり、好景気の実感が乏しい「微温景気」に過ぎない、との論調もあるが、それはともかく、もう一つ、景気の回復を示す興味深い報道がある。それが、「GDP(需給)ギャップ」において需要不足が解消したとのニュースである。
  このGDP(需給)ギャップとは、政府がデフレからの脱却を見極める上で、「消費者物価指数」、「GDPデフレーター」「単位労働コスト」と並んで重視する4つの指標の一つである。そして、内閣府の発表(8月25日)によると、17年4~6月期のGDPギャップはプラス0.8%(=需要超過が0.8%)と、1~3月期(プラス0.1%)よりもプラス幅を大きくした。それでも、消費者物価指数などはなお0%の前後で低迷しており、脱デフレへ向けてなお道半ばの状況である。では、このGDPギャップとはどのようなものか。また、GDPギャップに関するニュースでは、「規制緩和や生産性を引き上げて、潜在成長率を引き上げるべき」、との論調もしばしば登場するが、GDPギャップと潜在成長率はどのような関係にあるものか。明快な解説が少ない上に、非常に分かりにくい分野であると思われることから、本稿ではそれらを、以下の3つの側面から整理してみたい。

1.「潜在的なGDP」と「現実のGDP」との関係 ―――  
①先ず、日本を例とした上でのGDPであるが、「潜在的なGDP」と「現実のGDP」とがある。このうち「潜在的なGDP」とは、日本経済が生産要素(労働、資本、技術)を過去の実績から見て平均的な水準で利用したら達成できるはずのGDPである。つまり、日本経済にはそれくらいの供給力があるはずとする実力ベースのGDPである。そして、「潜在成長率」とは、年間計数である「潜在的なGDP」の対前年比の伸び率であり、(a)労働投入力の伸び率、(b)資本投入量の伸び率、(c)技術水準の伸び率の3つの合計で決まる。こうして、潜在的なGDPとはわが国経済におけるモノやサービスの供給サイドを重視した概念である。その一方で、「現実のGDP」とは、消費や民間投資、政府支出、輸出など、現実に生じた需要に応じて大きさが決まるものである。つまり、モノやサービスへの現実の需要が決め手となる計数であり、私たちが日頃、ニュースで聞くGDPとは無論この「現実のGDP」である。なお、GDP自身に名目値と実質値(数量ベース)があるが、本稿でのGDPは全て、実質値(数量ベース)である。
②次に、「需給(GDP)ギャップ」であるが、「現実のGDP」から「潜在的なGDP」を差し引いたものである。そして、需給ギャップがプラスの場合(つまり、現実のGDPが潜在的なGDPより大きい場合)には、インフレになりやすい。何故なら、モノやサービスへの需要が供給を上回っている(=需要超過)からである。一方で、需給ギャップがマイナスの場合(つまり、潜在的なGDPが現実のGDPより大きい場合)には、構造的なデフレ要因になりやすい。モノやサービスが供給超過(=需要不足)だからである。
③上記の②をわが国の戦後経済で見ると、高度成長期からバブルにかけての時代は、需給ギャップは大幅プラスで推移していたが、バブル崩壊以降は、需給ギャップは概ねマイナスに転じ、今日に至っている。これは先進国に共通した現象であり、リーマン・ショックを契機に世界同時不況に陥った先進諸国は、需要不足の解消を目指して、ケインズ型の金融・財政政策を大胆に採用せざるを得なかったのが近年の姿であった。ただ、それが奏功したこともあり、足もとでは世界的な景気復調の兆しが鮮明である。

2.「アベノミクス」の「3本の矢」との関連 ――― 
①「アベノミクス」の「3本の矢」とは、第1の矢(大胆な金融政)、第2の矢(機動的な財政政策)、及び、第3の矢(成長戦略)より成る。このうち、第1と第2の矢は、政府と中銀(日銀)によるケインズ的な財政・金融政策である。もともと、ケインズが提唱したマクロ経済政策(マクロ経済学)であるが、経済のうちの需要面を重視する立場であり、「市場の失敗」である不況は需要不足により生じるものなので、金融政策(金融緩和)や財政政策(国債発行による公共事業など)により、不況からの脱却を図ろうとするものである。つまりそれは、上記1.で述べたうちの「需給ギャップがマイナスの場合(=不況期・デフレ期)」において「現実のGDP」を大きくして「潜在的なGDP」に近づけるための短期的な措置、つまり不況からの立ち直りを目指すための一時的な措置である、と言える。
②その一方で、第3の矢(成長戦略)であるが、こちらは古典派経済的に供給面を重視した、「潜在的なGDP」そのものを大きくする取組みである、と言って良い。そして、その手段として常に登場するのが規制緩和、労働市場の改革、人材育成、広域FTA(EPA)の推進、などであるが、これらは上記の財政・金融政策と比べると長期的な政策である。つまり、第1の矢と第2の矢で短期的にデフレからの脱却を果たしつつ時間稼ぎをする間に、第3の矢によってわが国経済の構造的な改革をも実施する、そして潜在的なGDPと潜在成長率を高める、という狙いがある。
③上記のうち、第1の矢と第2の矢が目指した需給ギャップの解消とデフレからの脱却に関しては、目途がつきつつある。その一方で、第3の矢が目指すわが国経済の中長期的な構造改革や潜在成長率の引上げに関しては、後述の通り、まだまだ明らかに前途多難である。

3.IMF(国際通貨機関)と世界銀行(世銀)との役割との関連 ――― 
①本稿のテーマは、戦後を代表するグローバルな金融機関であるIMFと世銀の本来の役割にも関連している。先ず、IMFであるが、国際収支上の支払い困難(ドル不足)に陥った加盟国に対して、短期的な国際収支支援を行うのが本来業務である。その条件として、IMFは支援対象国に財政赤字の削減(歳出削減など)と金融引締めを含む総需要管理政策を迫ることとなる。そして、これにより短期間にマクロ経済の不均衡を是正させようとするものであり、IMFは当該国のマクロ経済への関心が高い、と言い得る。その一方で、世銀は、長期のプロジェクト支援が中心であり、支援対象国のミクロ経済面への関心が深い。つまり、中長期的な供給の増加を重視して、民営化や投資環境の改善など、ミクロ・レベルの制度改革を強調するものである。
②換言すると、IMFの役割はアベノミクスで言うところの「第1の矢」と「第2の矢」に関連するものであり、行き過ぎた財政・金融政策によって国際収支困難に陥った加盟国に対して総需要の抑制策を採らせることを主眼とする。その一方で、世銀の役割は第3の矢に関連しており、当該国の供給力を高めるための長期的な構造改革を支援することを主眼とする国際機関である、と言えよう。

  最後に、本稿のテーマと、いま全国の書店でベストセラーとなっている「未来の年表」(河合雅司氏著・講談社現代新書)との関連を述べてみたい。同著では、少子高齢化が急速に進むわが国の近未来の姿が、豊富なデータに基づき余すところなく描かれている。人口統計ほど将来予測が確実な統計はない、とも聞く。そのように、わが国社会や経済の近未来が正確に予測できるなか、政治も行政も無策であることは許されない。こう考えた時、現政権が3本の矢から成るアベノミクスを経済政策の柱に据えていることは非常に理にかなっているのではないか。そのアベノミクスだが、足もとでは景気が好転しデフレ脱却も目前である。景気好転は無論、アベノミクスの奏効だけが理由ではないとしても、短期の勝負だった第1の矢と第2の矢が、数年はかかったがデフレ脱却に寄与しかかっていることは間違いないようだ。問題は、第3の矢である。上記の通り、第3の矢の「成長戦略」は、規制緩和、労働市場改革、EPAの推進など、政治的な利害対立も大きく、忍耐と政治力を要する長期的な取り組みばかりである。そして、現時点では、11月10日に発表されたTPP11の大筋合意くらいが、「成長戦略」の唯一の成果に過ぎない。それでも、先月の衆院選の勝利で現政権がアベノミクスを続行して行くための政治的基盤を固めたことは、大きなグッドニュースである、と筆者は考える。GDPギャップの解消は、アベノミクスのうちの短期決戦には何とか目途がついたことを意味する。次は、第3の矢による長期的な構造改革で、わが国経済の潜在成長率の引上げに成功しなければならない。いくら需要サイドが好調でも、人手不足等による潜在成長率の伸び悩みで供給サイドに制約があると、結局は低成長から抜け出せないからである。
野間修

【略歴】 
神戸大学法学部卒業。財務省(旧・大蔵省)に入省し、主に国際金融局にて、税・財政、金融検査官、米国経済、国際通貨基金(IMF)や国際収支、ODAなど、幅広い分野の実務に従事。シンガポール国立大学にて2年間の客員研究員も。財務省退職後は宮崎公立大学地域研究センター主任研究員に就任し、地域経済の研究に従事。地元ラジオ経済番組への定期出演や市民向けの金融セミナーの講師役も。
2017年3月、惜しまれながらSBI大学院大学を退官。大学創立メンバーの一人で、在任時は「国際金融論」「金融概論」を担当し、最新の講義データと優しい物腰で多くのファンを持つ。
大学1年の時、武道館コンサートに行き、リバプールに三回訪問するなど、長年のビートルズマニア。
野間先生