野間先生金融ブログ

米国債の海外勢保有高統計が示す米国、中国、日本の「一連托生」関係

外貨準備高
  近年、著しい発展を遂げて来た中国は、経済・金融の重要統計面でも、日本を次々と凌駕しつつある。先ず、各国当局が月ごとに発表する「外貨準備高」であるが、中国は2006年2月末に日本を抜いて、世界一の外準保有国となった。また、最重要な経済統計である「GDP(国内総生産)」でも、中国は2009年に日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位の経済大国に躍り出た。さらに、「対外純資産残高」に関しては、今なお日本が世界一の地位にあるが、この統計に関しても、直近の2016年末を見ると、中国がドイツを抜いて世界第2位に復活している。そして、中国が今も好調に経常黒字を積み上げ続けている状況から見て、中国が近い将来に日本を抜いて世界一の対外純資産大国となる可能性は非常に高い。
  中国と日本とで世界のトップ争いを演じてきた重要な経済統計は、上記だけではない。あと一つ、米国財務省により毎月発表される「米国債の海外勢保有高」がある。この海外勢保有高統計であるが、世界各国は自国の外貨準備高を、主に米国債を買う形で保有していることから、「外貨準備高」と「米国債の海外勢保有高」の両統計には強い相関関係がある。そこで、8月15日に米国財務省により発表された6月末の「海外勢保有高」によると、中国の保有額は前月(5月)比で443億ドル多い1兆1,465億ドルであった。これに対して、日本は前月比で205億ドル少ない1兆908億ドルに止まり、2016年10月より維持してきた首位の座を中国に明け渡すこととなった。中国は2000年代に入ってから、輸出で稼いだ巨額のドルを外貨準備として積み上げて、その大部分を米国債で運用して来た。無論、稼いだドルを民間部門が保有する限りは外貨準備高が増えることはないが、外為市場では強い人民元高(ドル安)圧力となって働くことから、人民元高を阻止するために中国の通貨当局(中国人民銀行)が、「人民元売り・ドル買い」介入を繰り返してきた。その結果、当局が保有する外貨準備高が急増し、米国債の保有も増加してきた。このようにして、中国は上記の通り、2006年2月末には外貨準備高の面で日本を抜いて世界一となっただけではなく、米国債保有高の面でも中国が2008年9月末には日本を抜いて世界一となったのである。
  しかしながら、人民元の対ドル相場は、2015年8月に中国人民銀行が取引の「基準値」を切り下げたのをきっかけに下げ止まらなくなった。そしてこれに、中国経済への急激な先行き不安も重なって、2016年の1年間には人民元の下げ幅は約7%にも達した。そこで、こうした人民元安に対抗して、人民銀行は外貨準備高を取り崩して大規模な「人民元買い・ドル売り介入」に転じざるを得なくなった。この結果、中国の外貨準備高はピークをつけた14年6月末から僅か2年半で1兆ドルも減少し、17年1月には3兆ドルを割り込んでしまった。また、これを受けて、米国債の海外勢保有高の面でも、日本が2016年10月には中国からトップの座を奪ったのである。
  その後は、中国人民銀行のなりふり構わない人民元防衛策が功を奏したこともあり、人民元相場は今年に入ってから再上昇傾向を強めている。それを受けて、「人民元買い・ドル売り介入」も大幅に減少している模様である。その結果、外貨準備高を見ても7月末までに6ヵ月連続で増加している。そして、それが米国債保有高の再増加傾向にも表れて、本年6月末での日中の再逆転へと転じたものと見られている。この再逆転に関しては、中国外務省の報道官が、「中国と米国の利益が互いに溶け合っている表れだ。双方が共に努力し、良好な経済貿易関係を維持するよう希望する」と述べた、と8月17日付けの日経は報じている。
  それでも、米国の追加利上げが予測される中で、人民元への下落圧力はなお強く、中国当局が再び大規模な「人民元買い・ドル売り」介入に転じる可能性は残っている。そうなれば、中国の外貨準備高の減少は避けられず、中国が米国債保有国世界一の地位を引き続き保てるか、微妙である、と言えよう。
  以上は、米国債の海外勢保有高に関する記述であるが、わが国の財務省が発行する日本国債に関しては、どの外国勢が保有しているか。日本国債に関しては、米国財務省が公表している「米国債の海外勢保有高」統計に相当するものはない。しかしながら、財務省(及び日銀)が発表する国際収支統計の一環である「証券投資等残高地域別統計(負債)」により、わが国の国債をどの国(外国勢)が保有しているか、の近似値を知ることができる。そこで、2016年末時点の同統計を見ると、「証券投資」の中の「債券」の総額である142.9兆円のうち、米国が25.8兆円、ルクセンブルグが22.3兆円、中国が14.7兆円、等となっている。このうち、中国の14.7兆円に関しては、資本取引がなお自由化されておらず保有主体は中国人民銀行に限られていることから、中国が外貨準備として保有する日本国債である、と言って良い。さらに、上記のうちのルクセンブルグの分(22.3兆円)であるが、規制の緩い同国では身分を明かすことなく同国経由で対外投資が可能であることから、同国保有とされている日本国債の本当の持ち主の多くが中国である、との観測が絶えない。そうだとすると、中国が外貨準備として保有する日本国債の額は見かけよりももっと大きい、ということになろう。
   いずれにせよ、中国が外貨準備の一部として日本国債を保有し、また、日本や中国が同様に米国債を保有していることは、何かの時には中国が「債権者」として日本をけん制し、また、中国と日本の両国も米国をけん制する材料を持っていることを意味する。しかも、ここでの「債権者」、「債務者」ともに、米、日、中の各国内での公共部門(中央政府、家計簿で言うと「お父さん」)である。米国債で言うと、発行者は米国内の財務省であると同時に、その保有者側の日、中を見ても、殆どが「外貨準備」としての保有、つまりは公共部門の保有だからである。こうして、米、日、中の3か国の公共部門どおしが、債権者と債務者として緊密に絡み合っているのである。
  ちょうど20年前であるが、当時の橋本龍太郎首相が、米国の講演で「米国債を売りたい衝動に駆られることがある」と口走り、ウオール街の株が急落するという騒動に発展したことがあった。近年では米国債の海外勢のうち、日本と中国だけで4割近い大債権者である。小口の債権者(=国債の保有者)ならいざ知らず、大口の債権者となると、万が一にも米国債やドルの急落を招きかねない米国内の政治的混乱を絶対に避けて欲しいと切望する立場に立つ。米国、日本、中国の3か国が金融・経済面は言うに及ばず、政治的にも「運命共同体」、又は「一蓮托生」の関係にあることを物語っている、と言えよう。
野間修

【略歴】 
神戸大学法学部卒業。財務省(旧・大蔵省)に入省し、主に国際金融局にて、税・財政、金融検査官、米国経済、国際通貨基金(IMF)や国際収支、ODAなど、幅広い分野の実務に従事。シンガポール国立大学にて2年間の客員研究員も。財務省退職後は宮崎公立大学地域研究センター主任研究員に就任し、地域経済の研究に従事。地元ラジオ経済番組への定期出演や市民向けの金融セミナーの講師役も。
2017年3月、惜しまれながらSBI大学院大学を退官。大学創立メンバーの一人で、在任時は「国際金融論」「金融概論」を担当し、最新の講義データと優しい物腰で多くのファンを持つ。
大学1年の時、武道館コンサートに行き、リバプールに三回訪問するなど、長年のビートルズマニア。
野間先生