野間先生金融ブログ

120年ぶりの「法定利率」の引き下げについて

法定金利
 米国のマンハッタン島は約400年前に、白人(オランダ東インド会社)が米国の原住民から24ドル(相当)で買ったものだそうだ。こう聞くと、まるで、白人が無知な原住民を騙して不当に安く買い叩いたように見える。しかしながら、原住民がこの24ドルを銀行に例えば年金利5%で預ける等で複利運用してきたとすれば、400年後の今日では数10億ドルに膨らんでいる計算となる。これは現在でもマンハッタン島の相当部分を買えるだけの巨額であり、こう考えると、白人が原住民を騙して安く買い叩いたわけではない、と言うべきこととなる。
 以上は、「金利」や「複利」に関する解説本で紹介されているエピソードであるが、そこに示されているのは、「人は、お金(マネー)を保有すると、寝かすことなく、必ず運用を考える存在である」、との大前提である。換言すると、「お金とは、年数の経過とともに金利(複利)の分だけ増殖していくもの」とも言い得る。そこでこの金利を、「増殖金利」と表現して良いと思う。そしてこれは、現在から将来方向への話しであるが、将来から現在への逆方向で言うと、将来のある一定額(将来価値)は、金利の分だけ割り引かれて現在の小さな額(現在価値)になる。そしてこれが「割引き金利」である。もっとも、増殖金利(現在価値から将来価値を計算)にしても、割引き金利(将来価値から現在価値を計算)にしても、実際には金利を何%と置いた上で計算するか、は非常に難しい問題である。
 上記に関係するが、金利とは本来、当事者(貸し手と借り手)どうしで自主的に決めるものである。ただ、わが国の民法は当事者間で別段の定めをしていない場合に適用される金利として、「法定利率」を404条で規定している。この法定利率は、民法が最初に施行された120年前から「年利5%」であった。5%とは、今どきの低金利時代には全然そぐわない「超高金利」であるが、この超高金利が、ある裁判で不当とも言うべき判決結果をもたらしてしまった。
 それは、交通事故で死亡した人の遺族が提訴した損害賠償請求の金額を巡る裁判である。同裁判では、将来価値(=被害者の将来の逸失利益)に基づき現在価値(=損害賠償額)を計算するに当たり、割引き金利として、「民法上の法定利率」によるべきか否か、が争点となり、被害者側は、「法定利率の5%は今の低金利時代にはそぐわないものであり、現実に即したより低い割引き金利を適用すべき」、と主張した。その方が、損害賠償額が大きくなるからである。しかしながら、本件に対する最高裁判所の判決(2005年6月14日)は、加害者側が主張する「法定利率5%」を支持するものであった。その理由は、法定利率の適用という統一的処理により、事案ごとに、また、裁判官ごとに判断が区々に分かれることを防ぎ、被害者相互間の公平の確保、損害賠償額の予測可能性も図ることができる、とするものである。そしてその結果、加害者側が払うべき損害賠償額は、不当と言って良いほど小さくなってしまった。仮に、割引き金利として今どきの超低金利が適用されていたならば、損害賠償額は遥かに大きくなっていたはずである。結局、120年前の当初の制定以来、一度の見直しもなく、5%を維持してきた民法404条の規定そのものに問題があった、と言える。
 そこで、これを受けて、この法定利率に関する改訂がなされたばかりである。つまり、今国会中の5月26日に成立した120年ぶりの民法大改訂により、第404条の規定も改訂されて法定利率が3%に引き下げられるとともに、市中金利に合わせて3年ごとに1%刻みで見直す変動制も導入された。その結果、交通事故等に起因する損害賠償額も増額されることとなった。それでも、足もとでは低金利どころか「マイナス金利」まで起きている状況を見ると、法定利率に関してもより頻繁でよりきめ細かい見直しが必要であるように思われる。
 上記のように、「マネー(お金)」であれば、年数の経過ともに金利の分だけ増殖する。つまりマネーの場合、現在価値と将来価値の差異の決め手は金利である。では、「財(モノ)」の場合はどうか。それは、インフレ率であり、財の場合はインフレ率だけ、将来価値が増えることとなる。そこで、現時点で例えば1億円を保有している場合、マネーの形で保有し金利分だけ増殖させるか、又はその1億円を財(例:1億円のマンション)に替えてインフレによる増殖を狙うか、の選択の問題が生じる。この金利とインフレ率であるが、「高インフレ時なら高金利」、あるいは「低インフレ時なら低金利」であり、「高インフレ時・低金利」の組み合わせはない。高インフレの時代に金利が低いままだと、借金してでも財(マンションなど)を買おうとする人が激増して、インフレが酷くなる一方だから、である。
 なお、以上で述べた金利は全て、「名目金利」であり、名目金利からインフレ率を差し引いた「実質金利」の概念がある。この実質金利の意味を仮に知らなくても、私たちは「今は、本当は金利が髙いのか低いのか」を実質金利で判断している、と言うべきだろう。実質金利の観点から近年を振り返ると、バブル崩壊後の長引く不況で名目金利はゼロに近づく一方、インフレ率はゼロを超えてマイナスのインフレ率(=デフレ)もしばしば起きる事態となった。そうなると、実質金利はプラスである。その結果、企業の立場からは設備投資に及び腰となり、家計の立場からは預貯金がベストの選択肢、ということになる。日銀が黒田総裁になって以来、強く打ち出してきた「2%のインフレ目標」は、実質金利を強く意識した上で、実質金利をプラスからマイナスの領域に揺り戻す政策である、と言えよう。

野間修

【略歴】 
神戸大学法学部卒業。財務省(旧・大蔵省)に入省し、主に国際金融局にて、税・財政、金融検査官、米国経済、国際通貨基金(IMF)や国際収支、ODAなど、幅広い分野の実務に従事。シンガポール国立大学にて2年間の客員研究員も。財務省退職後は宮崎公立大学地域研究センター主任研究員に就任し、地域経済の研究に従事。地元ラジオ経済番組への定期出演や市民向けの金融セミナーの講師役も。
2017年3月、惜しまれながらSBI大学院大学を退官。大学創立メンバーの一人で、在任時は「国際金融論」「金融概論」を担当し、最新の講義データと優しい物腰で多くのファンを持つ。
大学1年の時、武道館コンサートに行き、リバプールに三回訪問するなど、長年のビートルズマニア。
野間先生